• Hiroyuki Fukuhara

Bloom Touch飛猫の叡智の海を潜る


詩人まど・みちおさんの言葉は、やわらかで素直にこころにしみこんできます。

まどさんの目から世界を見ると、あたりまえだと思っていた日常は新しいおどろきと発見と不思議に満ちあふれていきます。ちいさなシンプルなものから無限の豊かさが現れて、宇宙全体に広がっていくみたいに。

『   私たちは

  私たちはどこでどうしていようと

 「そこ」とか「ここ」とかの

  見える「場所」で

  見えない「今」の一瞬一瞬を

  かぎりなくもつづけているのだが

  つづけながらにふっと気がつく

  つづけているのは私たちではなくて

  見えない「時間」の方がひっそりと

  つづいているんだなあと

  そしてそう気がつくと夜が明けるように

  わかってくるのだこの老人にも 

  「時間」こそは母なる宇宙ご自身なのだと

  私たちこの世に存在物の残らずを

  その胸に抱きつづけてくださる…

  しかも有難いことにそのやさしさは外へ

  こぼれ出ることだけは

  たとえ一瞬でもチリ一つでも

  こんりんざいできっこないんだと…

                      』

『    おみやげ

  なんだか 足が軽いと思ったら

  さっき電車の中で

  知らないよその赤ちゃんが

  笑いかけたのだった

  わたしを見て

  嬉しくてたまらないように

  その笑い声を

  いつのまにか 胸にかかえていて

  それで 夜道の足もとを

  てらすようにしながら

  わたしは急いでいるのだった

  父がいなくなった家で

  ひっそり 待っている母に

  そのおみやげを

  はやく見せてあげたくて

                  』

『    雪がふる

  雪がふる

  雪がふる

  遠い見えない ところから

  遠い見えない 理由から

  それは大昔の ただ こんこんの

  眠りの中にいた 地球に

  ふとある日 訪れたのか

  それが もとで この世の中に

  かずかぎりない 生命たちが

  生まれ出ることになった

  小さなかすかな一つの夢が…

  そのとき 天に

  生まれて初めての 嬉し涙があふれ

  それは はるかに落ちつづけ

  落ちつづけながら そのはるけさに

  磨かれつづけ 磨かれつづけ

  かがやく花びらになって とどいたのか

  この地上の すべての物の上に

  その初めての 一ひらから

  なんまん なんおく年

  今となっては もう

  なかったかも知れないと思えるほどの

  そんなに遠い日を 思い出すたびに

  今もふらすのか 天は雪を

  雪がふる

  雪がふる

  だれも知らない あのはるかな日を

  なつかしむように

  記念するように

                    』

『    ぼくが ここに

  ぼくが ここに いるとき

  ほかの どんなものも

  ぼくに かさなって

  ここに いることは できない

  もしも ゾウが ここに いるならば

  そのゾウだけ

  マメが いるならば

  その一つぶの マメだけ

  しか ここに いることは できない

  ああ このちきゅうの うえでは

  こんなに だいじに

  まもられているのだ

  どんなものが どんなところに

  いるときにも

  その「いること」こそが

  なににも まして

  すばらしいこと として

                    』

『    ものたちと

  いつだってひとは ものたちといる

  あたりまえのかおで

  おなじあたりまえのかおで ものたちも

  そうしているのだと しんじて

  はだかでひとり ふろにいるときでさえ

  タオル クシ カガミ セッケンといる

  どころか そのふろばそのものが もので

  そのふろばをもつ すまいもむろん もの

  ものたちから みはなされることだけは

  ありえないのだ このよでひとは

  たとえすべてのひとから みはなされた

  ひとがいても そのひとに

  こころやさしい ぬのきれが一まい

  よりそっていないとは しんじにくい

                      』

『    頭と足

  生きものが 立っているとき

  その頭は きっと

  宇宙のはてを ゆびさしています

  なんおくまんの 生きものが

  なんおくまんの 所に

  立っていたと しても…

  針山に さされた

  まち針たちの つまみのように

  めいめいに はなればなれに

  宇宙のはての ぼうぼうを…

  けれども そのときにも

  足だけは

  みんな 地球の おなじ中心を

  ゆびさしています

  おかあさん…

  と 声かぎり よんで

  まるで

  とりかえしの つかない所へ

  とんで行こうとする 頭を

  ひきとめて もらいたいかのように

                   』

『      臨終

  神さま

  私という耳かきに

  海を

  一どだけ掬わせてくださいまして

  ありがとうございました

  海

  きれいでした

  この一滴の

  夕焼けを

  だいじにだいじに

  お届けにまいります

                  』

『     もうひとつの目

  はたらきとおして

  こんなに小さくなった せっけんが

  あたしの目には どうしても

  せっけんの

  おばあさんのようには 見えない

  せっけんの

  あかちゃんのように 見えて

  かわいい

  ばかな目だなあ

  と 思うけれど

  そう 思うことが できるのは

  もうひとつの すばらしい目が

  見はっていて くれるからだ

  いつも

  あたしたち にんげんの

  心のまん中に いて

                    』

『      きょうも天気

  花をうえて

  虫をとる

  猫を飼って

  魚をあたえる

  Aのいのちを養い

  Bのいのちを奪うのか

  この老いぼれた

  Cのいのちの慰みに

  きのうも天気

  きょうも天気

                 』

『    いわずに おれなくなる

  いわずに おれなくなる

  ことばでしか いえないからだ

  いわずに おれなくなる

  ことばでは いいきれないからだ

  いわずに おれなくなる

  ひとりでは 生きられないからだ

  いわずに おれなくなる

  ひとりでしか 生きられないからだ

                   』

                 「まど・みちお全詩集」より

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